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カテゴリ:観劇ノート( 5 )

2013年9月アメリカ

驚き。気が付けば夏の3ヶ月が終わり、急に寒くなってしまいました。
遅ればせながら、9月のアメリカ旅行の収穫について駆け足でレポートします。

今回は、ニューヨーク(東)→ ニューオリンズ(南)→ オレゴン州アッシュランド(西)と大三角形を描く移動でした。テネシー作品は合計3本見ることができました。

ニューヨークでは。
ガラスの動物園
劇評の5つ星に文句なしです。こういうふうに観たかったという、脚本から漂う繊細さ、現実と夢の間のような浮遊した空間が目の前に存在していました。4人の役者一人一人が素晴らしく、音楽も灯りも含めて理想的な完成度でした。ホテルまで涙目で歩いて帰りました。

Two Character Play
晩年の作品で非常に難解です。俳優の兄妹が、地方を巡演中に劇団員に逃げられて2人で本番をやらざるを得ないという窮地に立ったところから始まります。観客はすでに入場してきて、2人は幕の裏で右往左往。よく私達が本番前にうなされる悪夢のような設定ですが、冷めない悪夢なのでつらい。老練な俳優の見事な2人芝居でした。

その後のニューオリンズは、作家の住んだ家(転々としていたと言った方がよい?)を探して歩いたり、図書館で貴重なコレクション(書簡や初演の脚本、各種論文など)を探したり、素敵な文学書店に通ったりと、文学旅行を満喫しました。

最後のアッシュランドは、演劇が好きな方には一度は訪ねてほしい場所です。毎年春〜秋に「シェイクスピアフェスティバル」が開催されており、2万人の小さな町に年間40〜50万人の観客が押し寄せています。上演作品、劇場の運営システム、町の環境、食事、人々などすべてが期待以上で、必ずまた行こうと思っています。

ここで観たのは、
欲望という名の電車
やっぱりかわいそうなブランチ。普通の芝居1本みたくらいエネルギーが必要な場面が3つも4つもあるので、本当に切なくなります。それにしても、これはアメリカでは本当に人気のある、上演頻度の高い演目なんだな、ということをお客さんたちの会話から感じました。ブランチの役をできる女優さんがいつもそんなにたくさんいるというのが、ただただすごいことです。

•••つくづく英語で見る方がいいな、と。翻訳に何ができるのかな、と。原点的質問にふと立ち返るに至った旅行でした。なんとかあの雰囲気を伝えたいですが、まだまだ修行です。
by tnexpress | 2013-10-21 10:12 | 観劇ノート

TRIBES

今日はニューヨークのBarrow Street Theatre で、"TRIBES" というお芝居を観た。
200人くらいの観客が会場中央のセットの四方を囲んで座る、臨場感のある環境。

主人公のビリーは聴覚障がい者だが、健常者の家族は手話の使用を許さない方針で彼を育ててきた。シルビアは聴覚障がいのを両親を持つ手話の通訳者、自分も徐々に聴覚を失いつつあることを自覚している。この二人が出会って恋に落ちる。ビリーには新しい世界が開かれ急速に自立意識が芽生えるのが、シルビアは音が全く聞こえない世界が日々近づいてくることに恐怖を募らせる。

素晴らしい脚本で、そして自分の障がいと戦わなくてはならない境遇に生まれた悲しみと怒りを体現した二人の俳優(Russell Harvard, Susannah Flood) にも胸を打たれた。人の感情と言語の結びつきについて、核心をついた見せ場がたくさんあって、観客は何度も「あぁー」と声を上げていた。

「"LOVE" という言葉を知らないで、どうして "愛している" ということがわかるの?」
「言葉がなくたって、感情は表現できるわ」

そして手話で、様々な感情を豊かに表現するシルビアを見て、私たちはそれがバカな質問だったことに気付くのだ。意思伝達は言葉でするものという思い込み、言葉が先にあってそこに感情が分類されていくような思い込みを、していないだろうか。本当は逆だ。

その証拠に、英語使用者たちがもっとも根源的なフレーズと信じている I love you にあたる言葉は、日本語にはない。愛情はあるけれども、それは根源的すぎて言葉にならないのが日本語なのだ。特に、しゃべらせないといけない脚本の翻訳では一番困る部分である。

これはほんの一例で、本当にいろんな大事なことを考えさせてもらった。何度かじっくり見てみたい作品だ。

公演情報はこちら : TRIBES
by tnexpress | 2012-10-06 13:07 | 観劇ノート

Cassavetes' Love Streams

昨年の芝居作りにずっと伴走してくれたムライさんに、私の何かがカサヴェテスと似ているからぜひ見てごらんと言われてから気になって、まずはレンタル屋に唯一あった「グロリア」を見た。そして、実はカサヴェテスの信奉者である夫が中でも一番好きだという「ハズバンズ」のDVDを家に持っていたのでそれも見た。他の作品をどうやって見たらいいのかな、、、と思っていたら今月渋谷のイメージフォーラムでカサヴェテス映画の特集がかかっている。

先週「オープニング・ナイト」を見てぞわっとした。老いにもがく大女優役のジーナ・ローランズが「17歳の私は何でもできた。今の私は頭と体がバラバラだ」と言う。心身ともボロボロになりながらも舞台に帰るしかない寂しさとおかしさ。17歳の感性をずっとキープできる人にだけアーティストの資格があるんじゃないか、と長いこと思ってきたけれど、そんなに単純なものいいをするのはやめよう。

昨日は「ラブストリームス」を見に行った。姉弟とその家族の愛情が迷走する物語。切実な場面の連続の前で内臓はポカポカしてくる。これが愛の温度なのかしら。帰りの電車の中でもずっと涙がこぼれそうなのを我慢した。そして、埼玉の叔母さんが病気で亡くなる前に、父(叔母にとっては末の弟)と2人でしみじみと話をすることを希望して彼を家に呼んでいたことが妙に思い出された。
この作品はカサヴェテスの遺作となり、製作時は余命6ヶ月と宣告されていたそうだ。邦題が「ラブ・ストリームス」という表記なのはちょっと残念。本来は"love streams and it never stops" という流れるようなイメージなのだ。愛は溢れ出し、流れ続けて、止まるところを知らず。彼の生涯をかけた叫びが凝縮されている、大事なタイトルだと思う。
by tnexpress | 2012-06-15 00:56 | 観劇ノート

パリの記録

やっと終わりました。
この2ヶ月、相当なプレッシャーだったバルセロナでのイベント仕事が先週で完了!
今週はパリに移動して少しオフの時間もあったので、2本観劇してきました。

"Le Fils" (息子)  by Jon Fosse
*ノルウェーの現代作家のヨン・フォッセの作品は世界中で人気があり、たくさんの翻訳上演もされているそうです。抽象的で一見難解ですが、 家族と生と死についてのテーマというのは文化を超える普遍性があるのでしょう。

"Mademoiselle Jullie" (令嬢ジュリー) by August Strindberg
*知人のメールでジュリエット・ビノシュの「令嬢ジュリー」がパリで公演中であることを知り、慌てて行ってみました。こちらも原作は北欧、スウェーデンですね。

演劇という娯楽の前提として、「言葉がわかる」ことがあるよな、と再認識した今回でした。というのも私はフランス語ができないので、劇場のサイトから前売りを買おうとした時にはフランス人の助けが必要だったし、当日券で入ろうとしたオデオン座(令嬢ジュリーの方)では、売り子に「全部フランス語で2時間よ」と怪訝な顔で念押しされました。パンフもアナウンスも全部フランス語。芝居を見に行ったと言うと、現地の同僚からは「勇気あるねえー」と驚かれました。まあ確かに、逆の立場を想像すれば、日本の芝居を普通の外国人に勧めることはないかもしれない。そういう意味では、歌舞伎座のイヤホンガイドは本当に便利です。

それよりおかしかったのは、やはりオデオン座で、「4階席しか空いていなくて、舞台から遠くて全然見えないよ」という売り渋り。いやいや、それは今日しかダメな私にとっては席があるという意味なのだよ。ここまで買いにきている客に、どうしてそんなにいくつもハードルを設けるのだろう?・・・結局入ってみればそれほど大きい劇場ではなく、舞台は全然近いし、角度が急なため奥の演技は確かに足しか見えないけれども、14ユーロにしては満足の環境でした。

そんなこんなで、ともかく一仕事落ち着いて、ようやくコツコツ生活に戻れそうです。
by tnexpress | 2012-06-03 18:28 | 観劇ノート

A Streetcar Named Desire (Donmar Warehouse, 2009)

ロンドンのDonmarはとてつもなくコンセプチュアルな劇場です。そもそも客席数250の空間で、20ポンド程度のチケット代で、著名人も多く起用されるハイレベルな作品がいつも見られるという運営手腕にうならされます。「欲望という名の電車」の舞台を初めて見たのがここだったのは幸運でした。2009年の夏です。

Donmar Warehouse
->What's on ->Past Production ->23 July - 22Aug 2009 でご覧ください。

雨の中を早朝から何時間も並んで入手したチケットで立ち見席に行くと、2階からの眺めは完璧な「極楽632番地」。セットはもちろん、照明、音響にいたるまで、ブランチがこれから足を踏み入れた途端に落胆するはずの世界が息づいていました。その後3時間近い上演の間に起こる事件のひとつずつが生々しく、私は翌日の朝方そのセットの中にいる夢で目が覚めたほとです。

出演者で特筆すべきはスタンレイ役のElliot Cowan、登場した途端にその野生とセクシーに口アングリでした。ステラ役のRuth Wilsonも、夫に服従する女の性を見事に表現し、かつ想像よりやや強気な印象だったのも効果的だと思いました。劇の中盤、スタンレイとの喧嘩と和解があって翌朝ベッドで目覚めたステラは不気味にまぶしく、まさに「こうあるべき」という展開を見せつけられました。

ミッチ役のBarnaby Kayも、純朴青年(やや中年寄り)そのものを演じて、もうこれしかないという的中度。ブランチとの恋に浮き足立っていく場面など、見ている方は痛くて痛くて仕方がありません。

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主役のブランチは Rachel Weisz 、緻密で正確な演技でした。とはいえ、ブランチが背負っている「老い」に対する恐怖を体現するには若くて美しすぎた感もあります。そして、テネシーの描く女性像はモンスターであり、他の役と比べて期待を超える芝居をするのは本当に難しいということが逆によくわかりました。


この大作の初演を演出したエリア•カザンは自伝の中で、当時はブランチがジェシカ•タンディ、スタンレイがマーロン•ブランドでしたが、関係者も観客もブランドに夢中になってジェシカについてなにも言わないことが非常に不安だったこと、しかしこれといった手の打ちようがなかったことを書いています。映画版でブランチを演じたヴィヴィアン•リーに対しても「ひどく不自然で、芝居がかって、わざとらしく見える」と言い、あまり満足はしていなかったようです。最初から、そうだったのですね。このように手に負えない巨大な存在であることが、人々の「欲望」を刺激し続ける古典大作のすごみでありましょう。
by tnexpress | 2011-09-18 15:00 | 観劇ノート