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9月 脚本読解

日曜ごとの作業のペースを作りつつあった9月の記録です。

参加者からの提案もあり、じっくり読む作業を続けています。シーンをひとつずつ区切り、台詞の意味、登場人物の心境や真意、時代背景など、感じたこと、わからないことを言い合い、教え合います。

表現や言葉に関して質問があれば、訳の意図を説明したり、別の言い方を考えてみる。原作の時代背景、政治や経済について詳しく調べてくれる人、自分の実体験と対比して仮説を立てていくのが得意な人、いろいろな切り口があります。

普通のスピードで読んでいると見落としていることがぼろぼろと出てきました。ほんとは腑に落ちていないことを皆がこんなに抱えていたのなら、何人かでシーンを演じる時には常に誰かが何かをわかっていない、という状況だったのでしょうか。もしそこに演出という注文がかぶさっていくとしたら、役者さんには気の毒なことです。

参加者のムライさんは映像の経験が長いため、そこでのプロセスとの違いにとても驚いて、下記のような感想をくださいました。

「撮影現場でイチかバチかのような形で『演出家のプラン』と『俳優はプロなんだから任す』ということしか経験・体験したことがなかったのです。映画の場合、思うようないいものが俳優から出てこないことも多く、だからこそ監督の皆さんはいろいろな仕掛けをします。例えば…わざと怒って泣かす、2人の俳優に別々のことを言う、演技をさせない、監督がすべて演技指導する、体力を消耗させる、助監督をいじめて現場に緊張感をもたらす、などなど・・・。時間と撮影のせめぎ合いの中で、そういう仕掛けでなんとかやろうとしています。」

なるほど。
最高の瞬間を一度記録できれば、あとは編集と再生が可能な映像と比較して、
演劇はライブなので、

•最初から最後まで役者が進行する(本番が始まったら止められない)
•同じ作品を繰り返し演じる

これが要求されます。
演技に「自発性」と「再現性」を担保するためには、役者本人の納得と共演者との合意が重要だと思います。ムライさんも、読み込み作業後の役者の動きが素早いのを見て、その効果がよくわかったと言っていました。

9月末時点で"The Long Good-Bye"のだいたい半分まで進みました。この作業は10月に続きます。
by tnexpress | 2011-09-30 22:00 | ワークショップ記録

8月 記憶の扉

 8月は私自身の夏休みを活用して、丸2日間のワークショップを実施しました。
通常は毎週日曜の午後数時間ずつを計画していますが、最初の時期に少しまとまった時間を作って作品へのアプローチをじっくり考えてみたかったのです。

 題材は、"The Long Good-bye" です。

 7月のワークショップに続いて作品の主題である「家族の記憶」を掘り下げるため、今回は各自に「思い出の品」を持参してもらいました。皆が持ってきたのは、家族写真(一家団らんのスナップ、正装して写真館でとったもの)、親に買ってもらったゲーム機、実家の勝手口の鍵、母親の書棚にあった古い文庫本、など。参加者の一人は、何を持って行こうか家の押し入れを探しているうちに出てくるガラクタひとつひとつに「記憶の扉が開かれる」ような気がしたと話してくれました。そう、その感じが"The Long Good-bye"のココロなのです。

 具体的な「物」をはさんでインタビューをしていくと、各人の記憶やその時々の感情が、絵や色となって生き生きと伝わってきました。語る本人も、いつもと異なる表情や印象を見せてくれます。普段の仕事場ではよく顔を合わせていても、人と人の関係には一定の状況や立場があり、たいていの場合はそこで必要な一面しか見せないし、見ようとしていない、ことに気付きます。一人の現在には、たくさんの過去の経験や、親や先祖から引き継いだ体験的記憶があって、その奥深さたるや。注意深く見れば誰しもユニークな感動の要素を、脳と身体に内包しているとも言えます。

 役者は、「人物」という総合体を演じる仕事です。登場人物との向き合い方、共演者との関係性、どちらにおいても自分の知らない何かを相手はもっと持っている、ということに注意を向けたいですね。それを探り続ける運動そのものが、作品の理解と表現を深めていくのではないかと、改めて考えています。
by tnexpress | 2011-09-23 14:30 | ワークショップ記録

A Streetcar Named Desire (Donmar Warehouse, 2009)

ロンドンのDonmarはとてつもなくコンセプチュアルな劇場です。そもそも客席数250の空間で、20ポンド程度のチケット代で、著名人も多く起用されるハイレベルな作品がいつも見られるという運営手腕にうならされます。「欲望という名の電車」の舞台を初めて見たのがここだったのは幸運でした。2009年の夏です。

Donmar Warehouse
->What's on ->Past Production ->23 July - 22Aug 2009 でご覧ください。

雨の中を早朝から何時間も並んで入手したチケットで立ち見席に行くと、2階からの眺めは完璧な「極楽632番地」。セットはもちろん、照明、音響にいたるまで、ブランチがこれから足を踏み入れた途端に落胆するはずの世界が息づいていました。その後3時間近い上演の間に起こる事件のひとつずつが生々しく、私は翌日の朝方そのセットの中にいる夢で目が覚めたほとです。

出演者で特筆すべきはスタンレイ役のElliot Cowan、登場した途端にその野生とセクシーに口アングリでした。ステラ役のRuth Wilsonも、夫に服従する女の性を見事に表現し、かつ想像よりやや強気な印象だったのも効果的だと思いました。劇の中盤、スタンレイとの喧嘩と和解があって翌朝ベッドで目覚めたステラは不気味にまぶしく、まさに「こうあるべき」という展開を見せつけられました。

ミッチ役のBarnaby Kayも、純朴青年(やや中年寄り)そのものを演じて、もうこれしかないという的中度。ブランチとの恋に浮き足立っていく場面など、見ている方は痛くて痛くて仕方がありません。

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主役のブランチは Rachel Weisz 、緻密で正確な演技でした。とはいえ、ブランチが背負っている「老い」に対する恐怖を体現するには若くて美しすぎた感もあります。そして、テネシーの描く女性像はモンスターであり、他の役と比べて期待を超える芝居をするのは本当に難しいということが逆によくわかりました。


この大作の初演を演出したエリア•カザンは自伝の中で、当時はブランチがジェシカ•タンディ、スタンレイがマーロン•ブランドでしたが、関係者も観客もブランドに夢中になってジェシカについてなにも言わないことが非常に不安だったこと、しかしこれといった手の打ちようがなかったことを書いています。映画版でブランチを演じたヴィヴィアン•リーに対しても「ひどく不自然で、芝居がかって、わざとらしく見える」と言い、あまり満足はしていなかったようです。最初から、そうだったのですね。このように手に負えない巨大な存在であることが、人々の「欲望」を刺激し続ける古典大作のすごみでありましょう。
by tnexpress | 2011-09-18 15:00 | 観劇ノート

7月 父の不在

 少し前の話しからになりますが、時系列で書きながら追いついて行きます。

 7月から始めたワークショップでは、「The Long Good-bye」の脚本理解をゆっくり進めています。家族の記憶が主題の作品のため、参加者の実際の家族の話から始めたくて、2人組になってもらって、「家族の中の誰か一人について相手の人に話をしてください」とお願いしました。一人5分ずつ。

 すると大半の人が「父」について話を始めました。
両親が離婚して父親とは別れて暮らした、全く会話がなく職業を最近まで知らなかった、単身赴任でいつも家にいなかった、そんな「不在」のエピソードが続きます。
 家族の中から選んだ最初の一人が不在の父親だというのは私には意外でした。そして同時に、参加者とテネシーウィリアムズの共通点が早速浮き彫りになった気もして、ゾクリとしました。

 テネシーの父親は、セールスマンで出張している時期が長く、また家に居れば飲酒と暴力で家族を苦しめました。「ガラスの動物園」と「The Long Good-bye」の両方で、一家の父親は家族を捨てて蒸発してしまっています。それでも「壁にかかった写真」や「ソファに座ってラジオを聞いていた面影」という形で、父親のことは誰彼となく繰り返し言及されます。不在で、意思疎通もできなかったけれど、家を支配する大きな存在ではあったのでしょう。

「ガラスの動物園」の主人公トムは、家を飛び出した後の最後のモノローグで次のように語ります。

「僕は月には行かず、かわりにもっと遠くへ行った。(中略)僕はセントルイスを出た。
最後にこの非常階段を降りてから、その後ずっと、父の足跡を追った。
歩き回りながら、何を求めてたのかを探そうとした。僕はたくさん旅をした。•••」
(訳:山路けいと)

しかし、追っても追っても何もつかめず、答えは宙の中です。
一番近づきたいはずの人間が最大のミステリー、そこが物語の吹き出し口になっているようです。
by tnexpress | 2011-09-13 00:47 | ワークショップ記録

テネシー作品の魅力

 テネシー•ウィリアムズは1911年にアメリカ合衆国ミシシッピ州に生まれました。戯曲、小説、詩など生涯70以上の作品を書いたそうですが、代表作は「ガラスの動物園」「欲望という名の電車」「やけたトタン屋根の上の猫」などの戯曲です。舞台でヒットした作品は映画化でさらに大成功を納めたので、今や古典の域に入りながらも作品が生まれた当時の臨場感をそのまま鑑賞することができます。

 作品の背景には経済不況のアメリカと、古き良き時代を奪われた南部地域の悲哀が根強く描かれ、どこか今の日本やアメリカのもつ閉塞感にも通じるものがあります。

 私にとってのテネシー作品の魅力は、<家族>と<故郷>への思い入れの深さと、人間観察の繊細さです。「田舎」を持つ人間に内在する強さと哀愁に共感するのです。 同じくアメリカ南部の作品である「風と共に去りぬ」、日本では寅さん映画等もその意味で大好きですが、それらの「故郷」が現実より少し美化されているのと比べて、テネシーの視線はクールです。まっすぐ、心の痛いところを突いてくる。老い行く中年女性と、立ちすくむ青年の描写においては、もはや神業です。世の中で最小単位の共同体である「家庭」に、たくさんの矛盾を含んだ小宇宙を見ることができます。

 もうひとつ魅力として挙げておきたいのは、<南部訛り>です。語尾の重たい、湿ったイントネーションで延々と繰り広げられるおしゃべりがテネシーワールドの重要な「だし」です。ところが日本語の上演では、だし抜きの状態になって何か物足りない。この課題には取り組みがいがありそうです。私自身は、シェイクスピア作品を翻案して東北弁で上演するグループで長い間活動してきたので、地元の東北のことばはもちろんのこと、地方色の濃い世界が好きです。いろいろな言葉の持ち主と巡り会いたいと思います。
 
 中年の女、アメリカ南部、その訛り、それらはどれも<過去の栄光>と<衰退に向かうもの>の象徴、とも言えましょうか。テネシーはその狭間に立ち、深い愛情をもって人間と社会を描き出しました。

 人生折り返しの年ごろに差し掛かった南部の女として(この場合は「南部藩」ですが)、微力ながら彼の作品への共感を表現していけたら光栄です。
by tnexpress | 2011-09-10 16:05 | テネシーの魅力

"The Long Good-bye"

 1作目として現在取り組んでいる作品は、"The Long Good-bye"です。
 一人の青年が、20数年家族と住んだアパートを引き払うまでの最後の約1時間の物語。
家具がひとつずつ運び出されるごとに、家族との思い出が回想として描かれます。
当たり前だと思っていたものがなくなった時にかえって際立つ「存在感」って、ありませんか。

 津波で何もかも流された跡で、人々ががれきをかき分けながら探し求めたのは、アルバムや家族の思い出の品でした。家族がそこに存在した証し、それがほとんど命の次に重要なものだということに衝撃を覚えたとき、 "The Long Good-bye" ならそんな気持ちに寄り添えると思いました。 

 家族構成が「ガラスの動物園」とよく似ているため、比較しながら読んでいます。
若き日のテネシーの感情を追体験するような味わい深い作品です。
by tnexpress | 2011-09-03 15:16 | 作品について

2011年7月から始動しました

  17年間仙台のシェイクスピア・カンパニーの活動で師事した下館主宰は、とにかく原文と向き合い、その語感を自国の言葉に置き換える作業を納得いくまで重ねることを大事にしていました。一方私は、その次にくる演技、演出、制作などの仕事に夢中でした。

 ところが2年ほど前のこと、ふとテネシー•ウィリアムズの「Glass Menagerie」(ガラスの動物園)を読んでいると登場人物の声が耳元で聞こえてきてしようがなく、勢いあまって訳し始めました。作家が取り憑かれたように書いている、そのエネルギーを訳出しようとして作品世界に飲み込まれながら一緒に走っていく感覚。この興奮を今まで知らなかったことがちょっと悔しくもあり、同作家の一幕もので気に入った作品にいくつか取り組みながら、いつか上演までできたらと温めていました。

 そして今年3月の地震のあと、活動環境や私自身の考え方にも様々な変化があり、これまで当たり前と思っていたことを続けるより、新しいことを始めよう思うようなりました。考えていただけで行動に移せていなかったこと、友人たちとの価値のある会話、多様な才能との出会い、そんなことを好きな作家の作品を軸に展開していけたら。ありがたいことに、協力してくれる友人が次々に出てきました。

 偶然にも今年はテネシー•ウィリアムズ生誕100年目です。

 現在は週に一度のペースで集まって、脚本を読んだり分析したりしながら、まずは12月に小さな作品を発表することを目標に活動しています。作る内容やプロセスもまだ手探りですが、いろいろなゲストに来ていただきながら新しい発見を楽しんでいます。

 テネシーという名の電車に乗った小旅行という気分で ”Tennessee Express”  と、このワークショップを名付けています。
by tnexpress | 2011-09-03 13:53 | 企画のこと